日本における居住用不動産投資について

【はじめに】

 本稿は、第20回汎太平洋不動産鑑定士・カウンセラー会議の分科会テーマ「居住用不動産投資」に沿って、わが国の居住用不動産をめぐる諸事情について、再考を試みたものである。

 不動産投資に対する考え方は、バブル崩壊以降、確実に変化をみせている。 投資用不動産については、当該不動産から投資期間中に得られる収益と、将来の元本価値の変動を視野に入れた投資収益率が指標とされる傾向にあり、都市部の貸ビル、貸マンションを中心にこうした投資採算価格が定着しつつある。

 一方、一般のサラリーマン世帯や学生等に供給されている貸マンション・貸アパート等の大半は、小規模事業者―土地所有者による兼業経営等―の経営によるものであって、これらについては上記のような投資概念に基づいた適正な投資利回りを確保することは困難である。

 本稿では、こうした市場の現状を確認するとともに、今後の居住用不動産投資に係る主要な変動要因を次のとおりと考え検討を行った。

T 情報通信技術等の進歩・普及

U 少子・高齢化

V 都市構造の変化

W 金融市場と不動産市場の接近

X 法律、税制、公的施策等  

 テーマが広範であるのに対し力量不足のため、その問題点、全体像を把握するには、到底及ばなかった。

 現在わが国では、不動産の証券化に向けての基盤整備、定期借家権の導入、住宅品質確保促進法の施行等々、不動産の流動化、市場の活性化を促す動きが目白押しである。これらが今後の不動産市場に、また住宅投資にどのような影響を与えていくのか、個々の不動産の価格形成にどのような変化をもたらすのか、これから不動産鑑定士としての業務を通じて、これらの点を検証していきたいものと思っている。

【不動産市場の概要】

  1. 地価動向
      1980年代半ばから1992年頃まで、いわゆる「バブル」と呼ばれる地価高騰の時期を経て、そのバブルが崩壊して以来、地価は下落を続けている。住宅地の地価については、ピーク時の約55%となり、価格水準としては、ほぼ1986年時点の水準に戻っているといえる。下落率は1993年以降縮小傾向にあったが、景気の低迷や、雇用・所得の不安等先行きの不透明感により、一部では下落幅の拡大もみられるなど、全般的には未だ下落傾向を脱していない。

  2. 住宅事情
      住宅の着工戸数は、地価高騰期には概ね160〜170万戸、その後も年間120〜130万戸程度で、日本は世界的にみても非常に多くの住宅を建設している。
      持家率は約60%、巷間「ウサギ小屋」と揶揄される日本の住宅であるが、下図のとおり、持家の1戸当たり床面積は約120uと、欧米4カ国に比べ、さほど遜色がないことがわかる。
      ただし、借家の1戸当たりの床面積が45.1uと極めて狭いところが、際立っている。



    住宅床面積の状況(欧米4カ国との比較)
    項目
    国名
    一戸あたり床面積(u)
    一人あたり
    床面積(u)
    全体
    持ち家
    借家
    日本
    91.9
    122.1
    45.1
    30.9
    アメリカ
    151
    158
    111
    60
    イギリス
    92
    102
    88
    38
    ドイツ
    95
    124
    78
    39
    フランス
    95
    112
    77
    37

    経済企画庁「スペース倍増」緊急アピールより

  3. 賃料水準
      居住用賃貸不動産の賃料水準は、バブル崩壊後、地価同様に下落傾向にあったが、1999年2月(住宅新報社調べ)には、大阪圏を除き、東京・名古屋・福岡圏では、ほぼ横這いの安定的傾向となった。いずれの地域においても、地域・物件ごとの格差が広がっており、人気の集中する物件と空室率の目立つ物件が混在する状況にある。

  4. 居住用賃貸不動産事情
      居住用賃貸不動産に関しては、民間の大規模な賃貸事業者による供給が少なく、土地所有者(個人若しくは比較的小規模な事業者)による賃貸事業経営が主流であるという特徴がある。
      1992〜1993年、1995年に住宅金融公庫等が実施した賃貸住宅市場実態調査によると、さらに以下のような特徴がみられる。

    1.住宅タイプ・規模・敷地面積等については、10戸以下の小規模経営が約半数を占め、敷地面積はばらつきが大きい(200u未満〜1,000u)。

    2.従前の土地利用形態は、農地・未利用地・自宅の敷地の一部等であるが、経営規模が比較的大きいケースの場合、農地の転用の比率が高い。(ただし、宅地化農地の転用による賃貸住宅の供給は1993〜1994年で一段落したとみられる)。

    3.住宅タイプ別経営実態では、ワンルームなど小さい住宅タイプほど経営採算が良い。(ただし、一般的にワンルームタイプ等は、比較的賃料水準が高く、利便性の高い立地が多いという点に留意する必要がある。)

    4.経営動機については、従前の土地利用が農地のケースでは固定資産税負担の軽減を重視している。また、こうした動機の背景には、先祖代々譲り受けてきた土地を、自分の代で手放すわけにはいかないという意識が非常に根強くある。従前の土地利用が農地以外のケースでは、相続対策と、遊休地の有効活用による安定収入を重視している。

      賃貸住宅の着工戸数は、賃料の値上がり期待が薄い等の厳しい市場環境から、供給側の意欲の減退により減少傾向にあるが、年間約40万戸程度で推移している。

      経営採算性については、物件によって異なるが、全体的には低下傾向にある。上記調査時点で行われた立地(都心・近郊・郊外)、タイプ(ワンルーム・2DK・3LDK)、構造(準耐火・耐火)別の収益率の検討によると、土地を初期投資としてみた場合、いずれのケースにおいても収益率はマイナスとなり、良好な経営を行うのは困難という結果となっている。

【居住用不動産投資について考慮すべき要因】

T 情報通信技術等の変化
 
インターネットの普及には目覚しいものがあり、1998年度における我が国の15歳から69歳までのインターネット利用者は約1,700万人、他の情報通信メディアと比較して、非常に速いスピードで家庭に普及している。

通信白書(平成11年版)より

 各国のインターネット普及率(全人口に対するインターネット利用者比率)には大きな差がみられるが、普及率が特に高いのはアイスランド(45.0%)、フィンランド(35.0%)、スウェーデン(33.0%)、北米(30.0%)であり、これらの国々と比較すると我が国の普及率(13.4%)はまだ低い状況にある。

  通信ネットワークの発達は、サテライトオフィス、テレワークセンター、スポットオフィス、モバイルワークといった多様な就業形態を産み出しているが、なかでも、SOHO(Small Office Home Office)は、柔軟な勤務形態として、また、新たな生活様式の創造を可能とするものとして、今後のオフィスビル、居住用マンション等の施設のあり方、立地、プランニングに影響を与えると思われる。

  現在、我が国のSOHOの代表的な業種というと、デザイン関係のクリエーター、システムエンジニア、エディター、ライター等だが、これらの人々へのアンケート調査によると、仕事の受発注、作業内容の確認、納品等の重要な場面では対面で行う機会が多く、現段階では、都心のより利便性の高い場所に立地する傾向が顕著である。

 こうした点に着目して、昨年、我が国の大手貸ビル業者が、高収入のソフト技術者や時差の関係で本国との連絡が深夜に及ぶ外資系企業の社員らをターゲットに、東京都港区赤坂に住宅兼オフィスビルを開業し話題になった。

 地上9階・地下2階建て、総戸数47戸、専有面積は37.9〜129.6u、各戸にはキッチン・バス・トイレがついており、高速インターネットの専用回線や、オフィスビル並の電気容量を備え、不在時の伝言授受、翻訳、通訳、人材派遣、食事の配達サービスなども提供される。賃料は3.3u当たり約35,000円で周辺の高級賃貸マンションの60%増程度とのことである。SOHOなどの小規模賃貸オフィスの市場は急拡大しているが、事業展開の場所は港区、渋谷区といった都心部となっている。

  一方、民間ばかりでなく、地方自治体でも情報都市を目指す様々な試みがなされており、東京都西部に位置し、住居系の用途が多い三鷹市では、「SOHOパイロットオフィス」事業を実験的に開始、SOHOモデル地区を指定し、地区内の既存を含むマンションやオフィスをSOHO対応型に誘導するなど、「住」と「働」が調和した情報発信基地としての機能整備を行っている。

  オフィスビルでは、その立地のみならず情報化への対応度や、快適性といったものが重視される傾向にあり、インターネットの専用回線が装備された分譲マンション等もみられるようになってきた。居住用不動産については、これらの付随機能は今のところ、まだ差別化戦略として目につきはじめた程度であるが、分譲、賃貸を問わず、需要者側の設備・広さ等への要求水準は確実に高くなっている。
 
  情報通信機器等の発達は、現在までのところ、情報発信量の圧倒的に多い都心部へのさらなる集中を助長している面が目立っているが、今後は、経済社会活動の地方分散など多方向への影響が予測される。

U 少子・高齢化

 我が国の少子化及び高齢化は、下図のとおり、極めて急速に進行している。

土地白書(平成11年版)より

 1995年には、65歳以上の高齢者人口が全人口の14%を超え、過去の推移のままに計算していくと、2025年には27.4%、2050年には32%と、何と3人に1人が高齢者という社会になる。また、1996年には出生率が1.43と人口を維持するのに必要な水準である2.08を大幅に下回った。日本の高齢化は確実に進んでいるのである。

―― 住宅産業の構造改革 ――

 このことは、まず住宅産業の構造に大きな変化をもたらすと思われる。すなわち、日本の人口が本格的に減少を始める2010年頃からは新築住宅戸数は急激に減少することが予測される。

 日本は世界に冠たる住宅建設国である反面、住宅ストック(人口当た りの住宅戸数)は少ない。これは、"スクラップ・アンド・ビルド"が 続けられてきたことを意味している。  

  小さな賃貸住宅から、より広い賃貸住宅へ、そして分譲マンション、最後には庭付一戸建の住宅を持つというのが、これまでの日本人の夢のひとつであった。政府は一貫して持家政策をとり、企業は終身雇用制を前提に、企業内住宅融資制度や財形制度等によって持家取得を支援してきた。人々のこうした強い願望(潜在需要)に支えられて、日本の住宅産業は発展してきたが、従来どおりのスクラップ・アンド・ビルドでは、住宅を良質な社会ストックとして蓄積できない。

  また、産業廃棄物の多くを建築廃材が占めており、リサイクルに回せない産業廃棄物の最終処理場はすでにパンク状態にあるのも看過できない問題である。2000年以降は高度経済成長期に建設された建物が更新期を迎えることもあり、2005年の首都圏の解体廃棄物の発生量は、1995年の約3倍という推計(建設省による)もある。このため、将来、建物の解体コストが高騰するといった事態も懸念されている。

  こうしたなか、住宅品質確保促進法(「住宅の品質確保の促進等に関する法律」)が2000年4月施行される。同法は瑕疵の保証(10年間)、性能表示、専門の紛争処理機関の設置を柱としており、住宅の品質確保はもちろんのこと、建物の性能を消費者にわかりやすく表示することにより、従来、特に中古住宅市場において建物の価値が適正に価格に反映されなかった点を是正することを目指している。土地の価格に偏重した価格形成がなされざるを得ない市場環境が、適切な住宅への追加投資を阻んでいた側面もあり、法の施行を機に、中古建物についても適正な評価が可能となり、建物の価値が維持されることが期待される。


―― リバースモーゲージ ――

 少子・高齢化は、年金、医療、福祉事業等の社会福祉や生活保障といった分野において、現役世代の負担の増大、財政の圧迫をもたらす。

  そこで、不動産は持っているが(65歳以上の持家率は約80%)現金の乏しい高齢者に対し、その資産活用の方策として、リバースモーゲージが注目されている。これまでも地方自治体及び信託銀行等で住宅を担保とした年金方式の貸付は行われてきたが、高地価の時代に設定されたもののなかには、すでに担保割れを起こしているものもあり、従来の不動産担保貸付といった単純なスキームでは対応しきれないのが現状となっている。高齢者が自らの住宅に住み続けながら、生活費を得るという仕組みは、今後確実に必要性が高まるものと予測される。証券化、小口化等も含めた担保割れリスクの回避方法、住宅タイプ別(戸建住宅・集合住宅等)の仕組みの工夫等によっては、単に公的年金の補完としてだけでない、新しい不動産商品の創造の可能性をもっていると思われる。

V 都市構造の変化
―― スプロール化による中心市街地の衰退 ――

 地方都市、また大都市圏内部においても、衰退していく既存の中心市街地の問題が深刻化しつつある。

  背景には、1.車社会の進展、2.人々の郊外居住、3.人口の減少、4郊外地の大型店舗との競合等による集客力の低下、5.高齢化による後継者不足とそれに伴う空店舗の増加等、様々な問題が存在する。

  このため1998年には「中心市街地活性化法」(正式名称:中心市街地における市街地の整備改善及び商業等の活性化の一体的な推進に関する法律)が制定された。同法は、各市区町村において中心市街地活性化基本計画を策定し、国がその事業を支援するという仕組みを定め、事業の推進主体としては、TMO(Town Management Organization)という地域住民、民間企業中心の組織を想定している。

  1999年4月時点では、全国で106の基本計画が国に提出された。そして、その多くは道路や駐車場の整備、商業ビルや高層集合住宅を核として公共施設を配するといった再開発事業の実施を目指している。

  しかしながら、現時点ではTMOの設置予定のない地域も多く、設置される場合も、第三セクターや商工会議所等がTMOを担うなど、行政主導の感が否めず、また活性化の計画案にも画一的な傾向がみられる。

  中心市街地は「地域の顔」としての役割を担っており、単に商業施設が集合しているだけでなく、地域コミュニティの中心として、人々が集う文化的な側面も重要である。したがって、本来的には民間企業、地域住民が主体となって事業を推進することが望ましく、またそれが可能な制度であるだけに、今後は民間レベルの活動がより活発化し、自らの事業に当該制度を活用するといった展開が必要であろう。

W 金融市場と不動産市場の接近
―― 不動産投資市場の育成 ――

 実物不動産投資の市場には、投資額のロットが比較的大きい場合が多いこと、国・地域毎に法律、税制、慣習等が異なること、投資判断に必要な情報の入手が、株や債権に比べ容易でないこと等により、投資家が限定され、閉鎖的な市場となりやすい要素がある。しかしながら、アメリカをはじめとして、世界的には不動産が金融商品化し、株や債権と同じ投資商品として確立される傾向がみられる。

  日本の不動産市場は、従来は上昇し続ける地価を前提として成り立っていたが、バブル崩壊による資産価値の大幅な下落は、巨額な不良債権を生み、これまでの土地を担保とした不動産金融を機能不全に陥れている。不動産市場では、これまで中心的な役割を果たしてきた不動産事業者、機関投資家達が後退し、また個人、法人いずれにおいても将来の不透明感から新規投資が抑制されて、市場は極めて停滞した状況にある。したがって、不良債権を実質的に処理し、新たな投資資金の流入によって不動産市場を活性化させ、企業に新たな資金調達の場を与えること、また、機関投資家・一般投資家などが広く投資に参入できる市場の育成は、現在の日本にとって、緊急の課題となっている。

  こうした状況に対応し、1999年にはSPC法(「特定目的会社による特定資産の流動化に関する法」)が制定され、不動産の証券化の基本的仕組が規定された。また従来からあった不動産の小口化商品のスキームを定めた「不動産特定共同事業法」を改正し譲渡性を高める等、不動産投資市場の基盤整備が図られている。

  一方、この数年、外資系企業による不良債権、不動産購入が活発に行われている。主流は、リスクが分散されていて、売主側のニーズが強い不良債権が中心のようであるが、現物不動産の購入もあり、1998年モルガン・スタンレーによる1200戸の賃貸マンションの一括購入、ゴールドマン・サックス証券による大和生命ビルの購入(後、証券化)など話題になったケースもみられ、こうした外国勢の投資行動は我が国の不動産市場にも影響を与えている。

  不動産の新たな投資市場については、売り手側である企業のニーズは高く、大手企業の本社ビルの証券化等、近年俄かにそうした事例が増えている。また、住宅ローン債権の証券化に付随した税制上の取扱いの通達が出される等、制度の細部も序々に詰められているが、不動産の証券化はまだその緒についたばかりである。いかに多様な魅力ある商品を創造し、市場として確立させていくか、そのためには、賃貸借契約の透明性の確保、各種不動産インデックスの整備、情報開示のための開示基準の確立、投資家保護のための法的整備などの課題を、解決していくことが今後は特に重要となってくるものと思われる。

W 法律、税制、公的施策等
―― 借地借家法 ――

 日本の不動産賃貸について考察する場合、避けて通れないのは、借地借家法の存在である。日本では、借家人の権利は、この借地借家法により厚く保護されている。

 居住用建物の賃貸借契約における標準的な契約形態は概ね次のとおりである。

賃貸借期間 2年
一時金 敷金 支払い賃料の2ヶ月分(但し、関西圏では一般に支払賃料が低く、敷金が高い傾向がある。)
礼金 支払賃料の2ヶ月分(但し、住宅金融公庫融資を受けた場合、礼金徴収が禁止されていること、また需給状況により礼金0の物件もある。
その他 賃借人からの中途解約自由。
賃借権の譲渡・転貸不可。
賃貸人からは契約上6ヶ月程度の予告期間をもって解約申し入れ可能であるが、正当事由を要する。
賃料の供託制度が確立している。

 地域・住宅タイプ等により一時金の額や、商慣習等に若干の違いはあるが、標準型は概ね上記のとおりであり、これは、オフィスの賃貸借の場合でも大差ない。

賃貸人からの解約が可能になるための正当事由の内容については、判例の積み上げがあるわけだが、非常に厳しく解されており、賃貸人側から賃貸借の対象たる不動産の明渡しを求めることは、事実上きわめて困難である。たとえ、可能であったとしても、多額の立退料を考慮しなければならないケースも多い。

  先に紹介した日本の借家の床面積が極端に小さかったことも、この借地借家法の問題と深く関わっているといえる。即ち、賃貸不動産経営をする側は、自ら解約・立退きを求めることが困難で、かつ賃料の供託制度により継続賃料については値上げが抑制される傾向があるため、比較的長期間居住することが予測されるファミリータイプの広い住宅よりは、大学生や若年の会社員、卒業や結婚等によりある一定期間後には退去が予測される単身者向け住宅を選択する傾向が強いのである。

  こうした借主に対する手厚い保護は、近代の契約社会において、不可解とも思われるかもしれないが、戦後の経済復興の過程で、都市への急激な人口流入に対し、公営住宅の供給も十分でない状況下において、資産を持たず、相対的に弱者である借主が不当に借家から追い出されるなど問題が社会問題化し、私法たる借地借家法が戦後一貫して、住宅政策の一翼を担ってきたという歴史的な事情があるのである。

  しかしながら、現在ではこうした借家人の強い権利が、供給される賃貸住宅に偏りを生じさせ優良なファミリータイプの賃貸住宅の供給を抑制する要因となっていること、借家人の権利の発生を恐れて空家のまま放置される住宅が多数存在すること、また、権利関係の錯綜により再開発等の事業の障害になる等様々な問題点が指摘されている。この問題を解決するために「定期借家権」制度、即ち契約期間の満了をもって賃貸借関係が終了する借家権の導入が検討されており、法制化にむかって議員立法の動きがみられる。(注:平成12年3月より「良質な賃貸住宅等の供給の促進に関する特別措置法」施行、定期借家権制度が導入の運びとなった。)

―― 税制 ――

 日本政府は、これまで一貫して持家政策を採用しており、住宅金融公庫をはじめとする金融施策や住宅に関する税制上の特例を設けている。以下では住宅関連税制の主たるものを列記した。

固定資産税 住宅用地に係る課税標準の特例 200u以下 1/6に軽減
200u超 1/3に軽減
新築住宅家屋に係る税額の特例 床面積120uまで 3年間1/2に軽減
都市計画税 住宅用地に係る課税標準の特例 200u以下 1/3に軽減
200u超 2/3に軽減
不動産取得税 住宅に係わる税率の特例 税率4%→3%
住宅に係わる課税標準の特例 新築住宅用家屋1,200万円控除
既存住宅家屋(230〜1,200万円)控除
住宅用土地の税率の特例 税額の1/4に相当する額を減額
登録免許税 住宅用家屋に係る税率の特例 所有権の保存登記 6/1,000→1.5/1,000
移転登記 50/1,000→3/1,000
相続税 小規模宅地等の課税の特例
-居住用( 200uまでの部分)
居住を継続の場合 80%減額
それ以外の場合 50%減額
事業用(330uまでの部分) 事業を継続の場合 80%減額
それ以外の場合 50%減額
譲渡所得税 居住用不動産を譲渡した場合の特例 3000万円の特別控除
所有期間10年超過の軽減税率の適用
買替えの特例
買換えに係る譲渡損失の繰越控除の特例
(選択的にあるいは重複して適用される)
住宅ローン
控除制度
(1999〜2000年の2年間の時限立法)
住宅ローンを利用して、上記期間に一定の住宅を居住の用い供した場合、15年間にわたり一定の控除率を乗じた額が、所得税額から控除される。

 

 持家政策を前提とした従来からの施策に加え、現在の不動産市場の低迷に対応した、市場活性化のための制度の導入により、住宅関連の法令、税制上の特例等はかなり広範にまた種類も多くなっている。これらの施策と低金利の状況が作用して、住宅分野においては、特に第一次取得層を中心としたマンション、戸建住宅市場に効果を発揮している。

  しかしながら、駆込み需要を狙った時限立法等は本来の住宅政策としては、必ずしも好ましくない。税率の頻繁な変更等は、将来予測を不透明にし、長期的にみると危険要因となる。安定的に良質な住宅ストック形成していくための住宅政策が最も重要であり、また、先に述べた少子・高齢化、社会構造の変化等を勘案すると、将来的には持家政策の転換をも視野に入れた議論が必要な段階にさしかかりつつあるように思われる。

【むすび】

1. 以上、やや総花的であるが、居住用不動産に係る諸要因について概観した。これまでの日本の居住用不動産市場には、次のような特徴が認められる。

2. 市場が持家市場と賃貸市場に分断されており、各市場は若干の影響を与えあっているものの、相互にリンクしているとは言い難い。

3. 持家志向は強いが買い換えは少なく、特に戸建住宅に関しては、一生に一度の買物といったケースが多い。そのため、自己使用の住宅購入について不動産投資という認識がほとんどない。

 賃貸市場については、極めて偏った供給がなされており、需要者にとっては、持家・賃貸の選択の自由度が低い。一方、供給側にとっては、現状の賃貸住宅経営は収益率でみると割の悪い投資であるケースが圧倒的に多い。ただし、自分が所有する土地を維持するという観点で考えれば、税制・金融の支援もあって、悪くない投資といえ、相続税軽減の効果が大きく作用している。したがって、こうした地主層の賃貸住宅の供給意欲は少なくないが、元来が土地保有の継続が目的のため、このタイプの居住用賃貸不動産が市場で転々売買されることは少ない。

  こうした市場環境において、これまで投資収益率を重視した投資が成立する余地は極めて少なかった。

  しかし、居住用不動産全体からみれば、ごく一部ではあるが、価格及び収益の安定性が高いとみられる居住用不動産(立地条件がよく、高度利用が行われていて、かつ賃料水準の高い集合住宅等)については、不動産の小口化・証券化等の仕組みを利用した投資商品を組成するための対象不動産として特に注目を集めている。商業用不動産にくらべ、収益が比較的安定的で、リスクが低い居住用不動産投資への関心は従来から決して低くなかった。ただ日本でそれにふさわしい投資対象をみつけるのは、かなり難しいのであるが、一部にこうした投資意欲をそそる対象不動産が見出されようとしている。

  こうした傾向に対応して、(財)日本不動産研究所(Japan Real Estate Institute)と(株)ケン・コーポレーション(Ken Corporation Ltd.)は共同研究会を設置して、住宅投資インデックスを作成、1999年第1回目の公表を行い、以後半年毎の公表を予定している。

  調査対象は、東京都内のうち9区(高級賃貸住宅が比較的多く立地する地区、千代田区・港区・新宿区・文京区・品川区・目黒区・太田区・世田谷区・渋谷区)の月額賃料300,000円以上、または契約面積30坪以上の集合住宅である。

  調査期間内に成約したこれら調査対象の1年間の賃貸純収益を、基準時点の推定市場価格で除して求めたインカム収益率を、地区別に集計、平均化したものが住宅投資インデックスである。

  第1回(1999.7時点)発表の住宅投資インデックス(償却前純収益利回り)は、概ね4.80%(最大9.48%‐最小1.84%)となっている。

  わが国においては不動産関連情報の開示が少なく、そのため、不動産鑑定士は、地価公示・地価調査といった公的評価を通じて、売買当事者へのアンケート調査、不動産業界の成約価格リストの利用等により組織的に取引事例の収集に努めてきた。しかしながら、これまでは土地の市場価格の調査に重点が置かれていたので、今後は、上記の住宅投資インデックスにみられるような、投資のための利回り指標等の基礎となる情報の収集、管理も重要な課題といえる。 以上